ガンダムを見て、思わず涙がこぼれた経験、お前にもあるか?
昔、子供の頃に見ていた時は「ロボットかっけー!」くらいにしか思ってなかったのに、歳をとって、社会の辛酸を嘗め尽くした今になって見返すと、なぜか涙が止まらなくなる…。 そんなシーンがガンダムには多すぎるんだよな。
「あんなのただのアニメじゃん」なんて言うやつもいるかもしれん。でも、俺たちは知ってる。ガンダムがただのロボットアニメじゃないってことを。そこには、俺たちの人生にも通じるような、濃密な人間ドラマと、どうしようもない戦争の悲劇が詰まってるんだ。
最近、ネットの海を漂っていたら、色んなやつらが「俺はこのシーンで泣いた」って熱く語り合ってるのを見つけちまった。 読んでるだけで「わかるわー!」って頷きすぎて首がもげるかと思ったぜ。
やっぱり外せない!宇宙世紀シリーズの鉄板号泣シーン
まずはガンダムの原点、宇宙世紀シリーズからいってみようか。 ここには、もはや伝説と化した涙腺崩壊シーンがゴロゴロ転がってる。
「バーニィ、忘れないで…」『ポケ戦』が抉る戦争のリアル
これはもう、多くのやつが「殿堂入り」って言うんじゃないか?『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』、通称『ポケ戦』のラストシーンだ。
「バーニィのビデオレターまではなんとか耐えたけど、最後のアルの泣き声でダムが決壊した」
ってコメントがあったけど、マジでこれに尽きる。 俺もだよ。 バーニィがどうなるか、物語の結末を知って見ていても、やっぱりあのシーンはダメだ。 小学生のアルが、自分が大好きだった兄ちゃんみたいな存在と、尊敬していた連邦の女性パイロットが殺し合っていたなんて事実を知らずに、戦争が終わったことを無邪気に喜ぶ。
そして、真実を知った時のあの絶叫…。
戦争っていうのが、英雄やエースパイロットだけの物語じゃなくて、アルみたいな普通の子供の日常を、心を、ズタズタに引き裂いていくものなんだってことを、これでもかと見せつけられる。 バーニィのビデオレターの「僕の代わりにクリスを恨んだりしないでほしい」って言葉が、さらに胸を締め付けるんだよな。
大人になってから刺さる『UC』ジンネマンの言葉
『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』も、おっさんになると涙腺に来るシーンの宝庫だよな。 特に、ジンネマンとバナージ、そしてマリーダさんのやり取りは反則級だ。
砂漠でバナージに語りかけるシーンもいいんだが、多くのやつが挙げてたのが、プルトゥエルブになったマリーダさんをジンネマンが説得するシーン。
「それまで滅多に声を荒げなかったのが、娘を取り戻すために『俺と来い!俺を一人にするな!』って叫ぶの、何度見ても涙腺に来る」
このコメントには、首を縦に振りすぎてむち打ちになるかと思った。 自分の娘を戦争で失ったジンネマンにとって、マリーダさんはもう一人の娘だったんだよな。 その娘が、またしても戦争の道具として心を殺されそうになっている。
そんな状況で、必死に手を伸ばす親心…。 あれで泣かないやつがいるのかって話だ。
他にも、「お父さん、わがままを許してくれますか?」「許す。 心に従え」っていう、ミネバと父カーディアスのやり取りもヤバい。 大人たちが、次の世代に未来を託していく姿は、どうしようもなく俺たちの涙を誘うんだ。
「こんな終わり方辛いよ…」『Zガンダム』カミーユの悲劇的な結末
初見で見た時、マジで呆然としたよな、『機動戦士Zガンダム』のラスト。 シロッコとの激闘の末、カミーユの精神が崩壊してしまうシーンだ。
「初見の時ラストでカミーユが精神持っていかれたところで、こんな終わり方辛いよと泣いたよ。今でも忘れられない」
ってコメントがあったけど、本当にこれ。 最高のニュータイプと呼ばれた少年の行き着く先がこれかよって、テレビの前で言葉を失ったもんだ。 ファーストガンダムのラストでアムロが仲間のもとに帰還した、あのカタルシスとは真逆。
戦争は、英雄にさえあまりにも残酷な爪痕を残す。 富野監督の「戦争を美化するな」っていう強烈なメッセージを感じて、子供心に打ちのめされたのを覚えてる。
でも、不思議なもんで、あれはあれで「最高のニュータイプの結末」として受け入れてる自分もいるんだよな。 あの悲劇があったからこそ、『Zガンダム』はただの続編じゃない、唯一無二の作品として俺たちの心に刻まれているんだろう。
あれは愚行か、英断か…『Vガンダム』の特攻シーンを巡る議論
『機動戦士Vガンダム』は、シリーズの中でも特に悲惨な描写が多いことで有名だけど、その中でもリーンホースの特攻シーンは賛否両論あるみたいだな。
「わざわざ貴重なV2コアファイター使って特攻する愚行だから涙は出なかったな」
っていう冷静な意見もある。 確かに、戦術的に見れば、もっとやりようがあったんじゃないか?って思う気持ちもわかる。 Vガンダムの大人たちって、結構感情的で愚かな行動をしがちなイメージがあるしな。
でも、一方で「全シリーズで一通り泣いたよ」ってやつがいるように、あのシーンに胸を打たれたファンも多い。 あの極限状況で、未来を繋ぐために自分たちの命を燃やし尽くした大人たちの覚悟を思うと、単なる愚行とは切り捨てられないんだよ。
結局、どっちの意見も「ガンダムが好きだからこそ」出てくるもんだ。 こういう風に、ファン同士で熱く語り合えるのも、ガンダムの魅力だよな。
平成・令和ガンダムも負けてない!心揺さぶるアナザーの名場面
宇宙世紀だけがガンダムじゃないぜ。 平成以降のアナザーガンダムにも、俺たちの涙腺を崩壊させる名シーンは山ほどある。
師弟愛に涙腺決壊!『Gガンダム』ドモンとマスター・アジア
『機動武闘伝Gガンダム』、最初は「これガンダムか?」って思ったやつも多いだろう。 俺もそうだ。 でも、見進めていくうちに、その熱いストーリーにどっぷりハマっちまうんだよな。
その中でも、終盤の展開は涙なしには見られない。
「最後の師匠とのやり取りにも泣いたし、兄貴にとどめをさすシーンでも泣いたし、最終回も普通に感動して泣いた」
このコメントにすべてが詰まってる。 特に、ドモンと師匠マスター・アジアの最後のやり取りは、何度見ても泣ける。 敵として対峙しながらも、そこには確かに深い師弟の絆があった。
「わしはまた同じ過ちを繰り返すところであった…」
そう言って、地球を愛するが故に人類を憎んだ自分の過ちを認めるマスター・アジア。 そして、その亡骸を抱きしめ、流派東方不敗の名を叫ぶドモン。 ただのバトルアニメじゃない、男たちの熱い魂のぶつかり合いが、そこにはあったんだ。
キラとアスラン、すれ違う想い『SEED』シリーズの涙
平成ガンダムの金字塔、『機動戦士ガンダムSEED』と『SEED DESTINY』。 ここにも、忘れられない涙のシーンがたくさんある。
「当時無印で3回泣いた」ってやつが挙げてたシーン、どれもこれも「わかる!」ってなるもんばっかりだ。
アスランが自爆してキラを殺した(と思った)後、再会してカガリと感情をぶつけ合うシーン。
ウズミ様がオーブと共に自爆するシーン。
敵同士だったキラとアスランが、憎しみの連鎖を断ち切ろうと再会した瞬間にカガリが割って入るシーン。
親友だったはずのキラとアスランが、戦争によって殺し合わなければならなくなる。 そのやるせなさ、悲しみが、シリーズ全体を貫いてるんだよな。 特に、劇場版『SEED FREEDOM』は、長年彼らを見てきたファンにとって、まさに感涙ものだった。
ステラが出てきた瞬間に涙が出たってやつもいたな。 俺もだ。 あの純粋な想いが、シンを救ってくれたんだと思うと、もうダメだ。
また、意外なところで言うと、「子供の頃はフリーダムがアークエンジェルのピンチに駆けつけた時うおお!だったけど、おっさんになってみたら涙ダラダラ流してて俺どうしたんだってなった」っていうコメント。 これ、めちゃくちゃ共感する。
昔はただカッコいいだけだったシーンが、歳を取ると、キラが背負ってきたものの重さとか、仲間のもとに駆けつけられた安堵感とか、色々な感情が押し寄せてきて、なぜか泣けてくるんだよな。
若者に未来を託す大人たち…『00』や『AGE』の名シーン
『機動戦士ガンダム00』や『機動戦士ガンダムAGE』でも、やっぱり大人たちが若者に未来を託すシーンはグッとくる。
『00』の劇場版で、沙慈・クロスロードがルイス・ハレヴィの手を取るシーンは泣ける。 戦争によって引き裂かれ、多くの悲しみを乗り越えた二人が、ようやく未来へ向かって歩き出せた。 あのシーンで、沙慈が「仲直りできてよかったな」って涙ぐむロックオン(ライル)の気持ちが痛いほどわかるんだ。
『AGE』だと、アセムとゼハートの最後の戦いからのエンディングの流れは反則だろ。 「あの流れであの曲は泣くしかない」ってコメントがあったけど、まさにその通り。 かつて親友だった二人が、それぞれの正義のために戦い、そして別れる。
戦争の無情さと、それでも確かに存在した友情に涙が止まらなくなるんだ。
なんでそこで泣ける?ちょっと意外な涙腺崩壊ポイント
王道の名シーン以外にも、「え、そこで泣く?」って言われそうな、でも確かに俺たちの琴線に触れたシーンもたくさんある。
コーラサワー、生きてたんかい!安堵とツッコミの涙
これはもう、笑い泣きに近いかもしれん。 『00』のコーラサワーだ。
「実は1クール目最終回でコーラサワー死んだと思って泣いた。そしたらあのザマだよ。涙返せよ」
このコメントには笑ったけど、気持ちはわかる。 不死身のコーラサワーと言われる彼だけど、最初はただのやられ役のエースだと思ってたからな。 それがまさか、最後まで生き残って大佐と結ばれるなんて誰が予想したか。
彼のしぶとさに、安堵の涙(?)を流したやつは、俺だけじゃないはずだ。
まさかの刺客?横浜ガンダムの起動実験。
アニメじゃないけど、これも挙げておきたい。 横浜にあった実物大ガンダムの起動実験イベントだ。
「横浜ガンダムの起動実験イベントでのシナリオ聞いた時うっかり涙が滲んでしまったわ」
わかる。 マジでわかる。 あれは不意打ちすぎた。 アムロや開発者たちの想いが込められたナレーションと共に、巨大なガンダムがゆっくりと動き出す。 ただの鉄の塊じゃない、多くの人々の夢と技術の結晶が、目の前で命を吹き込まれる。
あの光景は、ガンダムファンなら誰しも胸が熱くなるはずだ。
ここまで、色んなガンダムの泣けるシーンについて語り散らかしてきたけど、どうだっただろうか。 お前が泣いたシーンはあったか?
Vガンの特攻を「愚行だ」と断じるやつもいれば、Gガンの師弟愛に涙するやつもいる。 SEEDのフリーダム登場シーンで、理由もなく涙が流れるようになった俺たちもいる。
結局、どのシーンで泣くかなんて人それぞれなんだ。 それでいい。 大切なのは、ガンダムという作品が、40年以上の時を超えて、今なお俺たちの心をこんなにも揺さぶり続けているって事実だ。
それはきっと、ガンダムがただの戦争アニメではなく、その中で必死に生きる人々の「生命の物語」を描いているからなんだろうな。
この記事を読んで、久しぶりに棚の奥からガンプラを引っ張り出したくなったか?それとも、もう一度あの名作を見返したくなったか?
ぜひ、今夜はティッシュを箱で用意して、もう一度ガンダムの世界にどっぷりと浸ってみてくれ。 そして、もしよかったら、この記事のコメント欄で、お前が涙腺崩壊した「魂のガンダムシーン」を教えてくれよな。 語り合おうぜ、夜が明けるまで。